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25.06.2013, Tue

☆ Children ☆

  20130527_131730.jpg

昨日もブログ記事でもふれましたが、私とHunnyと犬2匹は引越しをすることになりました。

これは私がオーストラリアにきて以来、ずっとずっと希望してきたことです。

いろいろ考えたりすることはありますし、正直無謀と思えるところもあるのですが

この降ってわいたようなチャンスに喜び、深く感謝していると同時に

思いというのは必ずかなうのだ、ということの証明と

ここ最近の私のちょっとした生活や心の変化に

驚きと見えない何かへの確信を感じています。



私がずっと望んできた新しい生活を前にして、自分の中で一区切りつけておきたい事柄があります。

これまで4年半ほどブログを書いてきた間、いつもどこかに引っかかっていたことです。

というよりは私が生まれてきたそのときから、ずっとずっと私とともにあった事柄で

それは私という人間を形成したものであると同時に、長い間私を苦しめてきた問題でもあります。

ブログのような公の場所で人様にさらせるような、たいそうだったり楽しかったりする話でもないし

果たしてここに書くことががいいことかどうかもわからないのですけれど、

こうして文章にまとめることによって今までいろいろなことを解決できたり発見できたりしてきたので、

そうしてみたいと思います。


書き始めてみたら1日や2日では終わらないっぽいので、ちょこちょこずつ書いていこうと思っていますが、引越しまでに終わるのかな(笑 むりだろー)

海外生活とかオーストラリア情報とかからは程遠い内容になりますので面白くないと思いますが

たまにこの記事がアップされると思いますので、よろしくお願いいたします☆

あくまで自分のために書くものですが、

もしこれを偶然にでも目にされたどなたかが同じような感情を持たれ、共鳴し、

心の整理のためのきっかけとなればそれはそれでうれしいと思っています。

では、始まりです。


                        



何週間か前に日本に帰り、それが7年ぶりだったとこのブログにも書きましたが

7年も帰らなかった理由には、やはり金銭的な理由もありました。

今までも帰ろうかな、帰ってみたいな、と思ったことは何度かあったのです。


きなこが1歳のときから彼女をつれて毎年帰っていた日本でしたが、

2005年暮れから2006年のお正月をまたいで帰国したのを最後に、

一切帰っていませんでした。

その後2008年にハワイを出るまでは

きなこのワシントンDCへの学校主催の旅行があったり

私自身がオーストラリアにきたり

ハワイでは前の夫とは別れて一人だったので

これらの上に日本に帰るまでの金銭的な余裕はありませんでした。


私がオーストラリアにきてからは、Hunnyと二人分の収入があるので楽にはなりましたけれども、

ハワイに住む娘きなこに毎月お金をおくったり、

きなこがこちらにくるときには私も送り迎えのためにハワイを2往復したり

きなこが一人でこられるようになった前回からもシドニーまでいったりと、滞在中もたくさんお金を使うので

私自身が日本に帰るとか、私のためにするようなことはもう最後も最後、

おこがましいようで言い出せなかったというという理由がありました。


でも実は、お金よりもなによりも帰らなかった大きな理由ががひとつありました。


それは、私の中での、母との問題でした。

平たくいってしまえば「確執」とも言ってしまえるとおもいます。

ただし、あくまで私が私の心の中で抱いてきた問題ですので母はそれについてどう思っているかは私にはわかりませんし、

私からの一方通行的なものかもしれませんので、確執とか不和とかの言葉が当てはまるのかどうかはわかりませんが・・・

母との関係を考えるとき、気軽に日本に帰りたいとは思えない部分がありました。

「帰りたいけれど帰りたくない」という矛盾や葛藤が生まれるような、お金などのように単純ではない、大きな大きな問題なのでした。

これは私が45年間ずっと持ち続けてきたもので、

私が自分の中で解決していかなければならない、

自分VS自分の問題。


これまで、1993年に日本をでてから、遠く離れているから母との関係はうまく保っていけるのだという結論に達していました。

離れることでいろいろなことを思い出さずにすむ。

記憶は薄れていく。

しかしながら

これまでに私が浴びてきた母の言葉の数々は、その時々に私の選択に、大きな影響をもたらしていました。

思い出したくない言葉。

離れて何十年と経っても、なにかをする度にそれが聞こえてきてならなかったのです。

そしてそれに対する言い訳や罪悪感。

私はいつも、何に対して、誰に対してそれらを抱いてきたのでしょう。

私はそれを、母と会わない時間を長くすることによってゼロに戻していこうとしていましたが

でもそれはだんだん難しくなってきたことがわかりました。

それは、夫Hunnyの家族の関係を見るとき。

私はその中にいると、自分の家族が遠くにいるのだということ否応なしに感じされられ

私自身の家族の存在や関係を考えることが多くなっていったのです。

それは今までどこかに葬り去ろうとしてきた「母の言葉」を考えることとは違いました。

もっともっと、私が根本に持っている、家族に対する思い。

そして母に対する思い。

私がずっと、母にただただ私として認めてもらいたかった、

ただの、母の子供として無条件で愛してもらいたかった、

いくつになっても私は母の子供で、それらの気持ちはどこにも消し去られることなく私のなかにあるのだということ。

今回日本に帰って、自分の家族というものの存在が、どれだけ私の心の支えになっているかということ。


私はこれらを超えない限り、決して100%の幸せはありえない。


直面するときが、やってきたのかもしれません。




ではまた次回に☆




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プロフィール

くんちゃん

Author:くんちゃん
2008年9月15年間住んだハワイからアデレードに引越してきました。 家族は夫Hunnyと娘きなこ(ハワイ在住)、ウサギのクロ(ハワイ在住)、そして犬のさくら、ゆずです。  















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