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28.06.2013, Fri

☆ Children ☆ 2

  20130527_124859.jpg

これは前回からの続きです

前記事 ☆ Children ☆ はこちらから


「母」という言葉に、皆さんはどういう印象をもっているでしょうか。

ただただ単純に「母」という響きを耳にするとき。

それはどんな意味をもつでしょうか。


私の中で「母」という言葉は

とても大きく暖かいもの。 

いつでもどんなときもそこにある。

強くて、いつも自分のことは後回しで、疲れないのだろうかと思うぐらいくるくると働き者で、明るくて。

少々のことをいっても動じない、あっけらかんとした空気。

少し垢抜けなくて、でもなりふりよりも

常に家族の幸せをなによりも願っている。

なにがあっても、必ず見守ってくれる。

誰に嫌われても、絶対に見方でいてくれる。

そんな意味をもちます。


過去にこのブログでも私は私の母にふれたりしてきましたけれど

それは私が「母」とここに書くとき、

先に書いたような意味を、その「母」という言葉の上に載せてきたように思います。


私の母が。

実家の母が。

客観的にその文面をみるとき、まるでその母が私のおもうところの母であると錯覚するぐらいに。



実際のところ、私は私の母のことをどれだけ知っているかに自信がもてません。

それはこれまでの間、きちんと話しをしてきたこともなかったし、

いつもいつも遠慮ばかりして一定の距離がお互いの中にあったからだと思います。

家族といえどもある一定の距離があることは大切かとは思いますが、

しかしながら私たちの間の距離はまるで磁石の同じ極のようで

まったく寄ることはなかったというのが、私の記憶です。


なので私がこの後このテーマで母のことを書くとき、

それはあくまで私の中に残っている記憶を元に

私が私の中で長い間をかけて作り上げてきた「母」という人物をにすぎないのかもしれないということを

あらかじめここに記しておく必要があると思います。


私の母は、冒頭に書いたような私がイメージする「母」像というものとは、全くかけ離れていました。

正反対だった、とも言えると思います。

私がもつ「母」というイメージを勝手に押し付け、それと違うから母は悪い母なのだということはフェアではありませんが、

でもそういう目的でここにこれを書いているのではないのです。

私の中で「それとは正反対」の私の母として居続けるなら、私は「その」母と向き合わなければならない。

そういうことなのです。


いろいろなことを考えるとき、いつも思うのは

根本では母が私を憎んでいた、嫌っていた、というのとはちがってたのではないかということです。

ただひたすらに、母自身が自分をもてあましていた、

一言でいえばさびしすぎる自分自身の心を自分の夫や子供がしてくれる自分へのことで埋めようとしていた、

その結果であると思います。

自分自身は努力することなく、自分の幸せや自信を得るために他人に過大な期待をかけ、それがなしえなかったときに大きく失望する。

それはおそらく母が母自身に課した期待で母自身への失望なのだと思いますが、

大きな間違いはそれを母が全く気がついていないということでした。

あるいは本当は気がついていたというべきかもしれないけれど(母の言動からしてそう感じることもないことはなかった)、

それに母が自ら直面しようとすることはなく、常に蓋をし、見ないようにし、逃げ回ってきた。

結局は自分を守るために人のせいにしてきた。

そこがすべてであると思うのです。


私はそんな母のもとで

母が私に課してきた到底なしえるはずのない母の期待や希望にうんざりし、嫌悪し、

同時に無能であることへの罪悪感を感じ、

そして私がそれをできないときの母の私に対する悔しさやもどかしさや失望を常に体で感じてきたわけですが

こういうことの繰り返しの結果、私はどうなっていったかというと。

どうして本当の私をわかってもらえないのか、という悔しさや悲しさという思いなんてとうに通り越して

本当の私、というものをどんどん失っていったのです。

私が知っている私という人間と、母の思う私という人間のはざまに立ち

結局どれが本当の自分なのか、わからなくなってしまったのでした。


そしてその後ずっと、

母の望む私と私自身が望む私との間で

苦しんでいくことになったのです。

なにをすることが私自身を幸せにすることなのか。

それを長い間探してこなければなりませんでした。


私自身もまた、自分を守るためにたくさんの鎧をみにつけてきましたが、

それは重くなるだけで、私を守ってくれるものでは決してありませんでした。


母のようには絶対になるまい。

たった一人でも自分の子供を守れるような強い人間になるのだ。

生きても死んでも子供の傍らに立ち続け、見守り信じていく人間になるのだ。

しっかりとした自分の軸をもち、自分で自分を幸せにできる人間になるのだ。

そしてなにからも独立して、自由になるのだ。

私はそれだけを胸にここまで生きてきました。

それが私が生きる意味のすべてでした。

今まで歩んできた道は本当に本当に長く、暗く、辛い道だったけれど

そこに私が自ら選んで身を投じてきました。

ずっとずっと孤独に、誰にも心をゆるさずに。

人に甘えていては、絶対にそこへは到達できないと思っていたから。

でも、孤独でもつらくてもなんでもいいと思った。

そんなこと、ほんとにどうでもよかった。

それで私が思うような私になれるなら。

私自身の言動にもみえた、あれだけ嫌悪していた母のそれと同じものを、完全に取り除くことができるのなら。



でももう、許さなければならないときがきたのです。

母ではなく、私を。

母の期待にこたえられず、罪悪感を感じてきた私を。

母に受け入れてもらいたかったばかりに、どんどん自分を否定されることに敏感になった私を。

どうして本当の私をみてくれないの、と怒り叫んできた私を。

私のなかにいる、母とこうして生きてきた日々のなかでうまれた

悲しみや苦しみや寂しさを抱えたまま置き去りにされてきた

たくさんの子供たちのその一人一人を

開放するときがやってきたのです。

私はもう、この子たちを背負っていきていかなくていい。



私は私の母を母として丸ごと受け止めることができるように

私はただたんに母を私の母として無条件で愛することができるように

私がそう、母にしてほしかったように。


そしてそれは結果として

私が私というものを

丸ごと受け止め無条件で愛することができるようになるという

私が超えなければいけない本当の壁なのです。





ではまた次回に☆




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くんちゃん

Author:くんちゃん
2008年9月15年間住んだハワイからアデレードに引越してきました。 家族は夫Hunnyと娘きなこ(ハワイ在住)、ウサギのクロ(ハワイ在住)、そして犬のさくら、ゆずです。  















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