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17.07.2013, Wed

☆ Children ☆ 5

   20130527_121458.jpg

  ☆ Children ☆ 最初の記事はこちらから
  ☆ Children ☆ 2 はこちらから
  ☆ Children ☆ 3 はこちらから
  ☆ Children ☆ 4 はこちらから


私たちの一人一人は

ありのままの形ですでに愛される価値のある

なににもとってかえることのできない

大切な大切な存在です。

それは宇宙全体のなによりも美しく

人のエゴによって作り出された善い悪いで動されることのない

強い存在です。

そんなふうに自分を思っていくれる人などどこにもいないと思うかもしれません。

でもたしかに、それはそこにあります。

今、そしていつも、あなたとともに。

それはあなた自身です。

あなたという人間があなた自身の一番の理解者であり

あなたが愛情を求めるべき存在なのです。



ひとついえることは、

私は母の言動に傷つき、それが元となって苦しんできたけれど

母もまた同じことをその母親からされてきたのだということ。

母にとっての母、私の祖母が母が幼いころ母の容姿や行動について、ずいぶんと好き勝手なことをいってきたということを、

母自身からわりと多い回数できいてきたことでした。

私はこれまで何度か、その祖母の言動について母はいやではなかったのかということを訊ねたことがありましたが、

母の答えはいつも「うーん・・・ なんでこんな風にいわれなきゃならないのかなぁ、とはおもってたけどねぇ・・・」というもので

本当の気持ちはわからず終いでした。

必ず最後には「どうだったか忘れた」といっていたので、きっと母自身の中で考えたくないことなのだと思います。

しかしながらそれと同時に、祖母にとって3人の子供のうちのたった一人の女の子ということもあって、

いろいろな意味で甘やかされ、

ずっと同居していた祖母にとっての嫁の愚痴を話せるただ一人の娘として確固たる地位が祖母の中にあることを母は知っていて、

母がその母と持っていた関係は私が母と持っていた関係とはまた違うものだったと思います。

時々思うのは、ある意味その関係は「共依存」と呼ばれるものではなかったのかな、ということで

祖母は母にひどいことを言いながら結局は母を頼り、

そして母も祖母に助けられることや頼られることで自分を確認していたところがあったのではないかと思うのです。

私の祖母は私が小学校高学年になったころ他界したので、子供のころに私がみた二人の関係を思い出しながら想像するだけでしかありませんけれど。


私からみた母は「自分」いうものが全くなく、人の意見に左右される、芯のグラグラとした人でした。

今までなぜ自分がその母親からされていやだったことを自分の子供にするのか、それが疑問でならなかったのですが、

おそらくそれは母の中での「母像」というものがきっとそういうもので、それ以外の母像というものを知らなかったのだろうと思います。

どうしてよいかわからず迷ったとき、自分の母親はどうしてきたかを考え、母親がしてきたことをまねて自分の子供にする。

自分の意見のない母には、それしか方法がなかったのだと思います。

人は親となったときその人の親が反面教師となるかそうでないかの二つに一つであるときいたことがありますが、

母の場合は祖母が反面教師にはならず、私の場合は母が反面教師となった。

そう考えればつじつまも合うし、納得もいく。

そう単純に割り切れれば私のなかでこの問題は終わっていただろうともいます。


だけどどうしてもわからないのは、

母がお金や労力という子供にする援助について、とてもとてもさもしい考えを持っているということです。

母は私が生まれるまで祖母の建てた家に私の父や幼い姉、兄と住んでいたこと

私の姉、兄のオムツは変えたことや洗ったことがほとんどなかったこと(祖母とその妹が常に世話を手伝っていた)

私の実家である家の頭金は私の祖母が出したこと

祖母がなくなるときに家賃収入のはいる貸し店舗を母にのこしていったこと

私が知っている限りではこれぐらいしかありませんけれど、

ひどい言動は自分が母親にされたことを丸々ひきついだにもかかわらず

祖母がこのように母に娘のためにと惜しげもなくつかった時間や労力、お金というものを、母は全くうけつがなかったということ。

これが私が理解できないところなのです。

これはやり方を受け継ぐ受け継がないの問題ではない。

一人の親として、なぜだからわからないのです。


それは母に援助をしてほしい、ということでは決してありません。

援助してほしいとたのんだことさえありません。

姉も私も、子供が生まれたときに実家に帰ったこともなければ母がきて手伝ってくれたということもありません。

でもそれならそれでいいのです。

うちはそういう家庭なのだと思っていけばいい。

だけど心から嫌悪することは

母はことあるごとに私だちに「親の当てにするな」といい続ける、そのことです。

母にそういわせてている、子供に対するその気持ちです。

私たちがわがままで仕事をやめて実家にひきこもり、親のすねをかじっているとかそういう状況で言われるならわかります。

でもたとえば結婚し、自分の家庭をもってその将来の話をしているとき。

娘きなこの話をしているとき。

そういうときに急にもちだしてくるのです。

「うちはなんにもないからね!なんにものこらないからね!」と履き捨てるように。

なぜ? なぜそれが今ここで?

あるときは私が再婚してオーストラリアにきたばかりのとき、

今の夫がとても日本に興味を持っているのでいつか日本にいって1~2年でもいいから住んでみたいねといっているんだよ、と電話で話したときでした。

間髪いれずに言われました。

「うちはやだからねっ。」

うちに住むとか、当てにするのはやめてほしい。

そういう意味です。

誰もそんなこと、思ってもいないのに。

この5月に実家に帰ったときも言われました。

姉に会う前日の夜、何かの話をしていたときに急に怒ったように「うちはお母さんが死んでもなにも残さないからね。あてにしないでよね」、

加えて「お姉ちゃんにもそういう風にいっといてよね」と。


受け取ることはできても与えることができない人。

それだけでなく、持っているものを奪われるかもしれないという猜疑心で一杯の人。


私はばかにするな、と思いました。

なにをもってして、私たち子供が母のお金や助けをあてにしていると感じるのか。

私たちは私たちで一生懸命、自分の生活を生きているのに。

第一にどうしてこんな気持ちを、自分の子供にもてるのか。

こんなにも信用されず絶えず骨の髄まですわれるのではないかというような疑いの目で見られているなんて悲しすぎる。

だけど子供だからといってこんなふうに言われる筋合いはどこにもない。

親子の間だからとはいえ、失礼すぎる。

心からそう思いました。


今までも何度も、こういうことを話そうと試みてきたのですが、それはできない相談というものでした。

こちらがどれだけ言葉を選んでも、母は自分が責められていると感じ、すぐに目に涙をため、どうせ自分が悪いのだといじけ、大きなため息をついて席を立つ。

全く話にならないのでした。


でも私は今回、どうしても母に伝えたかった。

遠く離れて暮らしていて、母も年老いていき、実際あと何度会えるかわからない。

だったらこれから母と時間を過ごしていくとき、私の中でなんのわだかまりもなく、母に私が今こうしてあることに感謝できるようになっていたい。

楽しく一緒にすごすときを送っていきたい。

だから母といった箱根旅行の帰り、ロマンスカーの中で話しを切り出しました。

ここでは母が逃げられないだろうとおもったからです。

私は言葉を選び、ゆっくりとやさしく、時々笑いを交えながら話をすすめていきました。


でも残念ながら、私の真意は伝わらなかったと思います。


私がオーストラリアに戻る日、門をでて歩き始めた私の背中に母はやはり履き捨てるようにいいました。


これが今生の別れになるかもしれないしね。


それは彼女が私に一生会いたくない、といっているのではなく、

彼女が私の気持ちを先回りして読んで自分が傷つくまえに防御するために発せられる、いつもの嫌味のような意味合いなのです。


母は私がロマンスカーの中で話しを切り出したその理由を

私が母のことを嫌っているが故の「文句」ととったのでしょう。

そういうふうに物事を受け取る人だとは、わかっていましたけど。

人は関係を改善するために、お互いの気持ちを話し理解しあう。

そういうことは母の中にはないのです。



もうこれ以上母との間には私になすすべはなく

自分の中で解決していくよりほかないのだ。

私はそうおもって実家を後にしたのでした。


日本を出て以来20年。

海外に移した自分の場所に帰ることがこんなにもうれしかったことは

一度もありませんでした。

それは母への嫌悪からではなく

私が持っている私自身の今の生活がなにより幸せであるのだということを

そしてその生活の中で

私を理解し受け入れてくれる人をみつけたのだということを

改めて知ることができたからです。






ではまた次回に☆





CATEGORY :
THEME : 家族 / GENRE : 結婚・家庭生活
DATE : 2013/07/17 (水) 10:45:48
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くんちゃん

Author:くんちゃん
2008年9月15年間住んだハワイからアデレードに引越してきました。 家族は夫Hunnyと娘きなこ(ハワイ在住)、ウサギのクロ(ハワイ在住)、そして犬のさくら、ゆずです。  















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