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25.08.2013, Sun

☆ Message ☆

   20130824_173943.jpg

昨日は残っていた最後の春巻きを食べました。

麺はめんどくさいからゆでなくていいや、って最初から思ってたんですが(つーか麺は箱にいれちゃったし)、

いつも一緒に食べるハーブ類を持っていないこと、お皿に盛り付けるまでぜんぜん気がつかなかったー(笑)

気がついていても、これだけのために買おうとは思わなかっただろうと思いますが。。。

実は自分で春巻きを揚げるのって、いつもHunnyちゃんがやってくれてるので初めてだったんです。

なんかうまくあがらないもんだねー。
   20130824_174020.jpg

満遍なくキツネ色に、とか思ってコロコロ転がそうにももともとの形が悪いのか(私が巻いたものなので 汗)

いつも自然にひっくり返っちゃって、片面だけ色が濃くなっちゃいました。。。
   20130824_173955.jpg

平たいお皿が全部箱の中なので紙皿だし、ニョクマムを小さいボールに注ごうとしてこれまた小さいボールも箱につめちゃったことに気がついて。

仕方ないので1個だけのこしてあるご飯をよそうお茶碗にいれたりして。

まーなんとかなりましたけれど(笑)

んで今ふと気づいたんですが、なんかどーしてもてんぷらとおそばが食べたいので今晩はそれを作ろうかな、とかおもってたら

おそばを食べるようの器も箱の中でした(汗)

またご飯茶碗で食べるしかないですなーーー。

今最後の一食のBun Bo Hueのスープも冷蔵庫で解凍しているけど、これが入るほどの大きいボールも箱の中。

この場合はお鍋から食べるしかなし(笑)

てんぷらとBun Bo Hueが終わったら、もう料理するのはやめようかなーとかも思っていますが、どうなるでしょう。 


                         


短大のときにとってた美術史の授業で先生が言ってた、今もずーーーーーっと覚えている話というか言葉があります。

   あなたが信じるもの、それがすなわちあなたの宗教である

どういうことかっていうと、神様を信じる、とか、あるいは特定の宗教の団体に属す、とかでなくても

あなたがいつも信じている『何か』があるのなら、

それはあなたにとっての宗教になる、ということ。

たとえばあなたが今現在も生きている誰かの生き方や考え方をとても尊敬し、その人の言うことやなすことを信じているということがあった場合、

その「誰か」があなたにとって宗教なんだそうです。

私はこの言葉が今でも大好きですし、そしてこれはもっともだと思いますし、

これこそ私たちが与えられるところの「宗教・思想の自由」なのだと思います。


海外にいると「宗教をもつ」ということを日本にいるときよりもっと意識させられる機会が多くあるように思います。

私自身「あなたは仏教徒なのですか」ときかれることが今でも多くあります。

日本人のほとんどはそうなのだ、と思っている人が多いのだと思います。

私はそういうときには特定の宗教は持っていない、と答えます。

私たちの生活のなかにある行事やいろいろなことはそれに基づいてはいるし、お寺にもお参りにもいく。

だけどそれは私の生活様式とか文化・習慣のひとつであって、特別宗教として意識していているものではない、と答えます。

父がなくなったときに初めてうちは浄土真宗なのだと知りましたが(笑 なんかそんな大人になるまでしらなかったなんて常識ない?)

父の法要のために訪れるお坊さんのお話もすごくすきですし、

ハワイのときにも多く機会がありましたが、今でも同僚に誘われて教会にいくこともときもたまにあるのですが、

そこで聞くお話もとっても好きです。

どの団体であるとかにかかわらず、人の基本的な潔い生き方を説くお話はとても好きですし、それは私の考え方や生き方に大きく影響していくものなのです。


「特定の」宗教を持つ人に私は宗教を持たないと話すとき、ときたまではありますが
「じゃなにを信じて生きているの」と聞かれることがあります。

私はいつも「自分・・・かな」と答えます。

たいていの場合は「それはいいことだ 笑」で終わりますが、ある人からこういわれたことがあります。

「この世の終わりがきたとき、空がわれて神様が助けに来る。 神様は『私はあなたを信じています』と口に出していう人しか助けてくれない」

だからくんちゃんは助からないね、と(笑)

そのころ若かったのでたぶんそうその人に言ったと思いますが、

私は、そういうことが理由で助からないのなら助からなくていい、って思います。

だって、本当に神様がいるのなら

その人(人じゃないけれど)はこの人を助け、この人は助けないなどと、えり好みするでしょうか?

それも、自分を信じている、信じてないという理由で?

ありえない、って思います。


まぁ、いろいろな思想があるということなのしょうけれど

どんなものであっても自分が「これ」と信じるものを持つということは、

やっぱりとても大切なことだと私はおもいます。

それは神様でなくていい。

人である必要もない。

ふとした感情でもいい、においでもいい。

なにか自分がいくべき方向へ導いてくれるもの。

そういうものがあればどんな選択肢がおとずれようとも

きちんと自信を持って選んでいけると思うからです。


つーか別に宗教とはなんだとかとかいう話をするつもりはなかったの。

美術史の先生の話はとってもすばらしいと思うのでシェアしたいとは思いましたが、

ちょっと話がそれました(笑 いつものことだねー)


昨晩、どうしてもanxious(←これに値する日本語ってなんだろうといつも思います)で眠れなかった私に

届いたひとつのメッセージ。


 結果を出すために何かをしなくてはとあせる必要はない

 あなたが思っているような「何か」をする必要もない

 必要なアイディアは必要なときにきて、必要な行動にちゃんと導かれる

 なにかかなえたい願いがあるとき待つことは苦しいと思うかもしれない

 でも信頼とゆだねるということはあなたの幸せのために必要なものなのだ

 のんびりゆったりと、新しい流れがくるのをまちなさい



私はこういう、ふとしたきっかけでやってくる目が覚めるようなメッセージをとても信じているし

それは偶然目にしたものではなく必然的に私に舞い降りてきたのだとも信じています。

私の信じるそれは形もないしなんなのかはわかりませんが

でもいつもこうやって救いの手を差し伸べて私を行くべき方向へと導いてくれる存在があることを

私は深く深く信じているし

これからもこの暖かい存在に守られていくのだ、と疑いません。


なにかを信じるということにより

いろんなメッセージをいろんな形で受け取れるのだって思います。

ばかばかしいことかもしれないけれど

この世の中には不確かな確実というものが、絶対に存在すると思うからです。


なんかただそれを言いたかっただけなんですが(笑)


でもこれが私の宗教っていうことなのかもしれません。

なら「くんちゃん教」とでも、よんでおきましょうか。 

あ、でも私は「Hunnyちゃん教」の一番の信者なんでした 

教祖様のためだったらなんでもできるという、

ちょっぴり危ない(?)宗教です(笑)








ではまた☆







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プロフィール

くんちゃん

Author:くんちゃん
2008年9月15年間住んだハワイからアデレードに引越してきました。 家族は夫Hunnyと娘きなこ(ハワイ在住)、ウサギのクロ(ハワイ在住)、そして犬のさくら、ゆずです。  















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